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2010年4月 6日 (火曜日)

筑駒くんのこと3

夏が終われば、息つく間もなく合不合判定テストが始まります。9月、10月、11月、12月と本番さながらの他流試合4回、これで受験校が確定していきます。
彼の怒涛の快進撃が始まりました。
第1回合不合、算数130点、予想通りくらいの得点でした。
第2回合不合、算数140点、ケアレスミスを頭をかきむしって悔しがりました。
第3回合不合、算数150点、このとき、すでに開花しているのは普段の授業からわかっていました。
同じころ、難関中の学校別判定テストがあちらこちらであります。SAPIX、四谷、どの模試でも算数は断トツでした。四谷の開成の算数はほぼ満点に近く、学校別では見たこともない偏差値でした。
第4回合不合もやはり満点、算数はほぼ無敵状態です。私も気を抜くと負けそうなくらいでした。
冬期講習、1月、その後も勢いが止まることはありませんでした。
この年のクラスは大成功で、10数人のクラスでしたが、1月受験も含めて、2月2日が終わってもまだ誰も1校も落ちていませんでした。

2月1日、受験を終え、塾にもどってきてくれた彼は、ぐったりと元気なく、やや青ざめていました。算数の心配は全くしていませんでした。しかし、どうした、と声をかけると「算数が……」。(そんなバカな)「開成の算数、易しすぎるよ。きっとみんな満点だ」
確かに例年よりやや簡単そうに見えました。
「じゃあ、失敗はしていないんだろう」
「それはたぶん大丈夫だけど」
どうやら彼は算数で差をつけたかったのに、思いの他、算数が易しかったのでそれを心配しているようでした。
そして2月3日、筑波大附属駒場。
「先生、どうして、筑駒もやさしかったよ」
筑駒は年によって難易度の差がある学校です。時間内に解き終わるのかわからない年もあれば、時間が余りそうな年もあります。彼が受けた問題は後者でした。開成を受けた時と同じようにしょげかえっていました。

結果は、どちらも見事合格していました。
彼は開成くんではなく、筑駒くんになりました。
問題が易しければ易しいほど、できる子とできない子とでは算数で差が付きやすい、これが最難関でも成り立つことを彼が証明してくれました。もっとも彼くらい図抜けていればの話かもしれません。開成の合格者平均は大遺体算数8割、満点に近ければ20点近く差をつけられます。
『君が受からなくて、誰が受かる』
自信を持って送り出したひとりです。
5年の初めは小さな、それほど目立たない、口数が少ない少年でした。しかし、受験を迎えるころ、周りよりもやや身長が高くなり、自信に満ちあふれていました。
算数の力はそれ以上の成長を見せてくれました。
他とは違った特別な学習をしたわけではありません。私が与えた問題を一緒に楽しんだだけです。
問題への取り組み方、集中力、こだわり、人はそれぞれですが、そんなところが人より少し踏み込みが大きかったのだと思います。もちろんその少しは、誰でもできることではないかもしれません。
そのきっかけを与える講師でありたいものです。

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