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2016年6月

2016年6月30日 (木曜日)

数脳・図脳・算数脳 その14

中学受験生の最適な家庭学習時間はその環境と時期によって違います。
 
塾に通わず自宅で中学受験向けの教材、たとえば予習シリーズなどで学習しているとしたらそのカリキュラムに合わせて学習できていれば問題ありません。もちろんカリキュラム通り進んでいても週テストなどの確認テストで思う通りの点数が取れていなければ話は違います。学習時間だけでなく学習の取り組み方も見直すべきでしょう。
 
塾に通っている場合は、まず通われている塾のポリシー、性格によって変わります。
 
短時間型か、長時間拘束型か。
 
塾・授業内でどこまでの理解、定着を考えているか。
 
塾といっても様々で、これに個別指導を合わせると、とても一概には語れません。
 
短時間型は、講義型の塾が多く、授業ではポイント、エッセンス、学習方法を教え、定着は家庭(本人?)まかせになることが多くなります。
大手大学予備校の講義形式に近いかもしれません。
この場合は、何とか授業で理解まではできているとして、算数ならば塾の授業と同じ時間以上を使って家庭学習で定着が必要です。これは目安の時間であって、その子の理解度、定着度によって変わります。
その時間配分・予定は家庭で管理しなければなりません。
また、どれほど理解・定着ができているかは基本的には親と子どもの仕事になります。
短時間の授業時間では、なかなか演習の時間まで取ることは難しいので、その確認はどうしても家庭でやることになります。その多くは宿題という形です。
そうでなければ、定例の塾のテストまで待つことになります。そこで納得できる成績ならばよいですが、そうでなければあわてますね。

長時間型の場合、授業、演習、確認の時間まで授業に含まれていることが多いですから、その分、家庭学習の量は減ります。
実際、日数、授業の終了時間にもよりますが、物理的に家庭学習の量はそれほど残っているとは思えません。
 
どちらがよいかは、ご家庭の方針と子どもの向き不向きによります。
 
自分である程度、管理できる子どもや、親が関われる家庭ならば、短時間型の方が時間を自由に使えますし、子どもの負担も少なくてすみます。

自ら机に向かえない、親がつきっきりで見ないと勉強ができないようなら、長時間型の方が安心でしょう。
 
環境によって子どもはどんどん変わりますから、そこはご家庭の方針と合わせてしっかり選ぶべきです。
どちらにしても、現在、小6でないのなら、学習成果がある程度あがっている場合、塾と家庭学習の時間の合計は短い方が有望です。

学習に時間を使っていないせいで、成績が不振なら一言「もっと勉強しなさい」です。
 
塾とその学習については、できているのなら短い方がよいに決まっています。
また、時間と成績は必ずしも比例しません。低学年であればあるほど、軽くこなしている方が先に行って負担が少なくすみます。

学年があがればあがるほど要求は高く多くなっていくのが普通なので、低学年から時間でカバーしていると、どこかで無理が出てくることもあります。
 
時速100km制限となっていることが多い日本で、スピードメーターが時速180kmまでとなっているのは自動車の性能を誇っているばかりではありません。時速100kmまでしかスピードがでない自動車で時速100kmでずっと走っているとオーバーヒートしてしまいます。安全で快適な走りは余裕があってこそ、できる限り長く安全に快適に走れた方がよいに決まっています。
 
目標と残された時間に応じて快適に走れるように学習の予定を考えましょう。

2016年6月28日 (火曜日)

数脳・図脳・算数脳 その13

お勧めの学習時間は学年にもよるし、時期にもよります。さらには子どもにもよります。
 
低学年ならば学習の姿勢を身につけるために、短時間でもよいので、毎日決まった時間に机の前に自分から座って勉強できるようにしていくべきでしょう。

受験を意識しなければいけない学年ならば、塾などで習ったことが自分でじゅうぶん理解し、自力で解けるようになるくらいの時間は使うべきです。
 
わかったこととできることは違いますから、どうしても定着、確認の時間は必要です。
 
しかし、これが意外と算数になると難しいかも知れません。
 
計算やドリルならともかく、塾で習ってくる特珠算などは、いわゆるできる子とできない子では必要な時間とその密度はまったく違います。

塾で習った時間と同じ時間くらいは、自分で解いてみる時間にあてましょうとは言っていますが、実際はできる子の方が時間をかけていたりします。
できない子は時間は使っているかも知れませんが、机の前でフリーズ状態であったりすると早く寝かせた方がよいと思うでしょう。
 
話は少しそれますが、成長段階にある子どもの睡眠時間を削ることは、その後の成長に悪影響であることは実証されていますから、眠い状態でがんばり通すことはお勧めできません。

子どもには睡眠も大事な学習時間の一部です。
 
多少は精神の余裕を残しつつ、無駄な時間を少なくして学習にあてたいものです。
 
さて、最適な学習時間はどのくらいでしょうか。
 
塾・または塾講師はどうしたって、勉強勉強と追い立てます。
「最低でも~まで、もっとできる人はさらに~まで、もっともっとがんばってみたい君は~までやってもいいよ、ここまでやれるとすごいなあ、すばらしいなあ」
ほめてもらえるのがわかっていますから、できる子ほど最後までやってきたりします。
 
大事なのは親のマネジメント能力です。
 
塾は(私は世間の塾の代表者でも、代弁者でもありませんが)ここまでやっておくと万全であると指針を出します。目標を掲げます。
 
塾にもよるでしょうが、さあ、ここまでおいで、とゴールで待っています。
いつもゴールまで行ければよいのですが、そううまくいっていればラッキーです。
 
成果をあげつつ進んでいくためにはある程度の時間は必要です。しかし、一方では睡眠や精神にしわ寄せがいくようでは逆効果です。
 
要領を追うことは決してよいことではありませんが、中学受験の場合、学習時間の組み立てを親がある程度関与した方がよい結果につながります。
 
学習にかける必要な時間は子どもによります。理解度によります。
 
算数や数学は、約束を学習する教科です。
こうきたらこう、こう言われたらこれと、暗黙の了解がどれだけわかっているかで理解が違ってきます。
たとえば、数の推理などで、虫食い算や魔方陣を知っているか、やったことがあるかで理解度が変わります。
 
何でもはじめてのものに強いのは、本当の天才君だけです。
 
また、算数や数学はやりだめが効く教科です。
 
毎日コツコツやることも大事ですが、子どもの興味と問題が合致したときに、ガーッと集中してやることによって、一段上のレベルに上がることもあります。
ひとつでもふたつでも算数で得意を持っている子どもは解く喜びを知っているので、集中して長時間やることでレベルアップします。

2016年6月26日 (日曜日)

数脳・図脳・算数脳 番外編 将棋の森

ふと気がつくといつの間にやら我が塾AMPと同じビルの3階に「将棋の森」という将棋スペース(サロン)ができた模様、下手の横好きとしてはたいへん気になります。
 
調べてみるとびっくり、女流棋士の高橋和さんがプロデュースとのこと、著名な棋士の指導などもあるようです。
将棋の普及のため、少なくなりつつある将棋道場を憂えて、今はやりのクラウドファンディングで始められたようです。
 
初めての方向けや子ども対局などいろいろな指導、イベントもあるようです。
 
何の力にはならないとは思いますが応援したいと思います。
 
将棋(だけではありませんが)と数学には強い因果関係というか、同じ脳を使っているというか、そういうものがあるように思えてなりません。
 
集中して目前の問題に対し、あらゆる道筋を考えて最適解を見つけようとする。
 
局面に応じて「手筋」や「定跡」がある。
 
下手の横好きレベルにはなかなかありませんが、妙手、好手を見つけることがある。
 
これまでたくさんの子どもたちを見てきましたが、将棋が好き、得意といった子どもたちの中に、数学や算数が嫌いといった子どもは記憶にありません。
もちろん逆は必ずしも真ならずで、数学が得意、好きな子どもがみんな将棋をやっているわけではありませんが。
 
今では下手の横好きどころではなく、年に1回、受験が終わったあとに当塾で開く「受験疲れ様パーティー」で希望する子どもたちと数局指す程度です。
 
数年前のパーティーで、これもまた算数がよくできる生徒と何局か将棋を指しました。1回目は負け、2回目は本気モードで何とか勝ちました。
 
勝負が決したそのとき、姿勢を正し「負けました」
 
おいおいそんなに姿勢を正して立派に負けましただなんて、驚きました。
そんな真摯な態度、授業では見たことがありませんでした。
 
姿勢、礼儀、将棋ではそういうことまで習えるのでしょうね。
 
将棋の森、応援します。
 
興味のある方はぜひ当塾にお寄りになる前後に(笑)訪れてみてください。

2016年6月23日 (木曜日)

数脳・図脳・算数脳 その12

中学受験を目指す場合、いつから塾に通いだすのが理想でしょうか。
 
塾講師の私が言うのは何ですが、塾通いが早ければ早いほどいいのかと言うとそうとは限りません。塾の窓口ではふつう言いませんが。
 
昨今の状況では首都圏の場合、小学4年生に上がる年の塾の新学期(ふつうは受験が終わってすぐの2月初旬ですね)までには入塾した方が無難です。
塾のカリキュラムは4年からカリキュラムを組んでいることが多く、中学受験を始める場合、4年のはじめから入れば単元が抜けることはほぼありません。
4年からスムーズに塾ライフを始めたいのなら、新学期の始まる1ヶ月くらい前から入って塾に慣れるのもよいでしょう。
 
上記のことはいきなり中学受験の学習を始める場合のことです。

できるだけ通塾を遅らせたければ、低学年のうちから塾の学習を念頭において、小学校よりやや進んだ学習を積み、たまに公開テストを受けたり、季節の講習にちょっと参加してみたりして塾のペース(特にカリキュラムの進度)を確認してみるとよいでしょう。
 
気をつけなければならないのは公開テストの種類です。
塾生予備軍を作るための小学校の進度に合わせたテストと、実力を測るための塾の進度に合わせたテストがあります。

家庭学習で中学受験に臨むのなら、できれば塾のカリキュラムよりやや先を進むのがよいでしょう。
4科目、全単元を先に進む必要はありません。
先々入塾を考える塾のレベルにあわせ、読み書き、計算といった地道に時間をかけてマスターした方がよいところをできるだけ優先させるとよいでしょう。
塾に入ったとき、自信を失くしたり、落ちこぼれたりしないための予防線でもあります。

それができているようであれば、ギリギリまで、場合によっては最後まで塾通いはしなくてもすむかもしれません。
 
自宅で学習をする場合「予習シリーズ」を遅れずに進めていれば、どの塾にその後入るとしてもカリキュラムで後れを取ることはありません。多少保護者の手を借りても自分で進めることができるようであればかなり有望といえます。
 
予習シリーズについても4年上から受験カリキュラムが組まれています。4年上から5年下まででほぼ受験で必要な単元を(いくつか残りますが)網羅することになります。また、予習シリーズのカリキュラムは季節講習時には進みませんから、多少遅れてもそこで追いつくことができます。
もちろん受験向きですから内容は易しくありません。それを自分でできるかどうかが塾通いの時期の判断材料になります。

2016年6月21日 (火曜日)

数脳・図脳・算数脳 その11

学習は雪の坂道を転がる雪だるまが理想です。
自分の力で転がり転がりどんどん大きくなる。
そうやって今まで10がせいぜいだったものが50になり、100になり、やがては1000、5000、10000になります。

小さな玉が自分で転がることができるようになるまでは、押したり、ひいたり、まわりに溝や道を作ったりが必要です。
大きな玉となっても、いつかまた止まってしまうことがあります。そのときにはまた、転がる方向へ誘導してあげることが保護者や講師の役目です。
教えすぎても転がってはくれません。教え好きな人が空回りしているだけです。また、ほおっておいても勝手にできるようになるわけがありません。それは夢物語です。
よほど人生に投げやりでない限りは、誰でも前進、向上、獲得したいと思っています。転がらないのはその方法がわからない、またはその喜びを知らないからです。
つまずく前に手を差し伸べてはいけません。失敗も大事な学習です。
転がっていないのに放置してはいけません。そのままとどまっているだけです。
能動性や積極性は自ら転がっていると自覚できているときに発動されます。
講師は教えすぎず、しっかり教える。
結局、中庸が一番です。

2016年6月19日 (日曜日)

数脳・図脳・算数脳 その10

子どもにあたえる問題は、易しいものばかりでも難しいものばかりでもいけません。

理想は自力で解ける問題が7割、何とかなりそうな問題が2割、何ともなりそうもない問題をせいぜい1割です。 子どもの性格や粘り具合によっては自力で解けるものの比率を変えてもよいでしょう。 もちろん解けないものを何時間も粘る必要はありません。 自分から望んでやっていることであればそれも悪いことではないですが、強制であれば意味がありません。自分からがんばっているようなら時間が許す限りやらせておいてもよいでしょう。
家庭学習なら私はどんな問題でも1問につき5分以上粘らなくてもよいと言っています。いやもちろん好きなだけやってもいいけどもとつけ加えますが。

自力で解ける問題はリズムを作り、何とかなりそうなものは脳の活性を促します。 何ともなりそうにない問題は、何とかしようとする粘りの育成と解けたときの喜びがねらいです。
がんばっているときは少し苦痛、終わったときには爽快感、そうであれば大成功です。
成功が繰り返されればレベルアップが早くなります。

子どもにあたえる問題は質のよい問題がよいに決まっています。 やさしくても難しくてもそこに学力アップのカギがふくまれているのなら、何としてでも見せてあげる、理解させてあげるべきです。

たまにこの問題は志望校に出ないから、難しすぎるからといって避ける場面もあるかと思いますが、それは時期と子どもの理解力によります。 志望校には出なさそうな問題、すぐには力とならない問題もありますが、学力アップ、総合力向上に無駄な問題はありません。

心に残る映画や本などは多少難しくても、または子どもの興味から少しはずれていても見せてあげたい。

そう思いませんか?

もちろん受けて側がまったく理解の範囲を超えているものはあたえても無意味です。

気をつけたいのは前段階なしで問題を与えられた場合です。

最近の出来事です。

他塾生の個別指導をしていると、低学年にも関わらず入試問題を与えられ、四苦八苦し私のところに持ち込んできました。そしてこれが初めてではありません。
その問題を解く前に、理解しておくべき知識とか基礎の問題がたくさんあるのになあ、困ったものだと考えながら教えていました。
案の定、途中で説明が理解できません。
ああここがわかっていないのね、(その場でそれ以前の基本問題を作り)では先にこれ解いてみて。
やはりそれも解けません。決してできない子ではありません。むしろその逆です。
この基本問題はやっていないの? あいまいですがやってないとのこと、さらに他の必要な基本の問題をその場で与え、練習してもらいました。
ああそういうことか、やっともとの問題の説明を理解してくれました。
無理に解かなくともいい問題だそうですが、そう言われると解きたくなるのが子ども(人間?)です。
知識をそれほど必要としない難しい問題ならいいですが、算数では順を追って理解していった方がよい問題が多くあります。

「教えない指導」とか「子どもの自発性」とか「初見に強くなる」とか、もっともらしいものがはやっていますが、手取り足取りと言うことではなく、ていねいに教える、きちんと教えるといった基本の所作が忘れられている気がしてなりません。それは先生は楽になりますが、負担は子どもにいきます。子どもにとって適切なよい負荷となるのならよいのですが。

「学ぶはまねぶ」と言います。
真似するものがなければただのデタラメになってしまいます。

2016年6月18日 (土曜日)

数脳・図脳・算数脳 その9

目指す学校に応じて到達しなければならない学力レベルがあります。
そのレベルに達していなければ奇跡は起こりません。同じ土俵にたっていなければ戦いようもありません。小学生が大相撲やプロ野球に挑む、そこまで極端ではないとしても近いものがあります。
目指す学校があり、それを何が何でも成し遂げたいとしたら、そのレベル、そのステージに早く上がらなければいけません。
レベルを上げるには継続して努力を続けることは大前提です。6年の夏くらいまでにはその学校の問題レベル、または(わかりやすい数値としては)偏差値に到達しているべきです。
何とかなりそうだという気持ちを自分も周囲も持てるくらいに自信がほしい。
学力の伸びは比例の直線にはなりません。1をやったから1の成果、10やったから10の成果とはなりません。今日がんばったから明日伸びるわけでもありません。一夜漬けの効果は限定的です。
学力の伸びはロールプレイングゲームのレベルアップに似ています。
コツコツ経験値をためていると、音楽こそ鳴り響きませんが、あるとき突然、レベルアップします。
♪♪○○はレベルがあがった!
計算力が2あがった
数の感覚が1あがった
集中力が1あがった
という感じでしょうか。
ふつうはゲームと同じようにそれが高いレベルであればあるほどたくさんの経験値を必要とします。
雑魚キャラというのでしょうか、弱い敵ばかり倒していても時間はかかります。一方強すぎる敵では負けてしまい、経験値は入りません。
何とか勝てる程度の適度の強さとたくさんの経験値を持った敵を探してたくさん倒すこと、「己を知り、敵を知れば百戦危うからず」です。

適度の強さの同じ敵を何度も倒すこと、これも効果的です。飽きることもあるかもしれませんが、そこに戦い方の工夫や効果的な戦法が生まれてきます。また、もっと強い同じような敵と遭遇したとき、戦いやすくなります。
毎日毎日、コツコツと倒し続ける、また、あるとき勢いに乗れば何時間も何日も集中して倒し続ける、レベルアップを楽しみに、抑揚をつけ、経験値を獲得に励みたいものです。
もちろん、これはゲームの勧めではありません。

2016年6月16日 (木曜日)

数脳・図脳・算数脳 その8

難しい問題を解いていていやになることはないのかい。

ふと思い立ちK君(K君については「その1」を先にお読みください)に聞いてみました。

ありません。

そうなんだね。さすがだ。

 

中学生内容の数学を教えているときは(とはいえこれは前に書いた通りほんの2ヶ月程度のことでしたが)まさに一を聞いて十を知る、少し教えただけで自力でどんどん解いていました。しかし、それが高校内容になると段々(そんな言葉はないですが)三を聞いて十を知る、五を聞いて、十を聞いてになってきました。もちろんこれは当然のことで、ふつうは学校や塾で十を聞いてから学習するものです。十を聞いて、その十を理解できるだけでも優秀です。ましてや公立中高ならば5年かけて学習するものを1年と少しでやっているのですから自力で解けないものがあっても不思議ではありません。

本来ならばここまでハイスピードで進む必要がないにもかかわらず、どんどん走り抜けるK君、目の前で難しい問題と格闘するK君を見て、いやになることはないのかなと思ったわけです。

いくら好きなことでも長時間やっていたり、大きな壁にぶつかったりすると疲れるし、いやになる、そんなことはありませんか。

それがK君はないというのです。さすがというしかありませんでした。

集中力というか、粘り強さというか、脳の体力というか、それは学習にとって大きな力です。「目の前にあるから山に登る」ように目の前にあるから問題を解き続ける、なかなかできることではありません。

 

では勉強していていやになることはないのかい。

 

少し照れたようにほほえみながら、同じことの繰り返しはいやになります。

 

なるほど、しかし、ここで私は考えました。

 

いやだからしない、できないのではなく、彼はいやでもしなければいけない場面をたくさんくぐり抜けてきました。だからこそいやだといえるわけで、いやだからやらないとは意味も重みが違います。

いやなことはやりたくないし、できれば回避したい、子どもでなくともそう考えます。苦労は買ってでもしろ、いやいやなかなかできません。

 

集中力、いやでもやるべきことはやる、これもできるようになるためのキーワードとなりそうです。

 

2016年6月14日 (火曜日)

数脳・図脳・算数脳 その7

子どもは刺激を吸収して育ちます。

心地よい刺激と、気持ちの悪い刺激、取捨選択しながら成長します。
どういう刺激であれ、子どもにとって刺激は必要です。
子どもの性格や行動のパターンは刺激の大小によるところが多いのではないでしょうか。
それは小さすぎても大きすぎても、心の欠損につながりそうです。
よい環境にするためには、心地よい刺激と気持ちの悪い刺激をバランスよく与えることです。
80%の気持ちよさと、20%の気持ち悪さ、それくらいがよいバランスです。そして、20%の気持ち悪さを克服できれば80%の気持ちよさが待っています。
学力については、この20%の気持ち悪さとは計算や漢字の練習といった作業的なものでしょうか。
ふつう計算や漢字の練習など、子どもは嫌がります。
しかし、このような学習は、ただたくさんやらせればよいということはありませんが、実はかなり重要です。

かつてのゆとり教育で失ってしまったものがあるとすれば、まず「読み書き計算」といった、この基礎学力です。あの当時、子どもの学力の地盤沈下があったとすれば、読み書き計算の軽視に原因があったのは間違いありません。
松井もイチローも人の何倍もの素振りをしています。スタープレーヤーのほとんどはランニングを大事な練習としています。それには効果があり、さらにその先に晴れ舞台があることがわかっているからです。
思考力を高めるためにはその基本となる学力、考えるための基礎が必要です。
考える素地がないのに、さあ、考えなさい、発言しなさいといっても無理なことです。インプットが少ないのにアウトプットがあるわけがありません。あればそれはただのでたらめです。
16×5や60÷15を見た瞬間に答えが浮かんでこないのに、文章題ばかりやらせても無意味です。

算数や数学が得意な者は、少なくとも基本的な問題については頭ではなく、目と手で解きます。

計算や基本で、頭を使ってはいけません。

目と手で解く、というのは大げさかもしれませんが、たとえば少なくとも高学年以上なら2×3なら6と、式を見たり聞いたりしただけで、あたかも頭を経由しないで答えが出てくるはずです。
基本の計算などは条件反射的にできないといけません。
工夫や創造は基礎があってこそ出てくるものです。

2016年6月12日 (日曜日)

数脳・図脳・算数脳 その6

前回の続きです。

プロフェッショナル級、天才でよく引き合いに出されるのはイチロー、ビルゲイツ、ビートルズなどです。
算数オリンピック、数学オリンピックなどで群を抜いての優勝をするのが目的ではない限り、難関校レベルでも受験の算数でそこまでは必要ありません。また、生まれてまもなく算数を始め、毎日かなりの時間を費やさないと、12才までに10000時間なんて無理でしょう。現実的ではありません。それができるとしたら生まれついての天才です。
何はともあれ算数を(算数だけでなく何か)物にするには時間がかかります。前述の論を信じるとすれば目安は1000時間超になります。
1000時間をできるだけ早くぬけることが算数を得意にする早道となりそうです。まさに「学問に王道なし」です。
かくして中学受験では、とかく受験勉強を始める時期が早まっています。中学受験に適した私立小は昔からありますが、各塾のカリキュラムの前倒し、予習シリーズも4年から開始になって久しくなりました。世の中自体のスタートが早まったとしたら、そこでアドバンテージを得ることは難しくなります。乗り遅れないことがせいぜいですし、さらに早く始めればよいと言うことでもなく、子どもの成長と合わせて適切な時期を考えた方がよいです。
それでは結局どのようにすればよいのか。
多少の無理は承知の上、できるだけ日々の学習時間を増やしていくといった当たり前の方法はあります。しかし、お勧めは日々の生活の中に算数を盛り込んでいくことです。
勉強時間と言うことではなく、ふとした会話の中や生活で保護者が意識して算数に触れていくことです。
これは事あるごとに算数の問題を出すと言うことではありません。それもよいのですが、年代や成長に応じた、できれば子どもが関心を持ちそうな算数の話題を提供することです。
車に乗れば時速とは、燃費とは、買い物に行けば10%オフとは、消費税とは、おつりとは、保護者の職業に関する数の話題でもよいでしょう。
テレビや本の中にも話題はたくさんあるでしょう。
ただし押しつけてはだめです。また、説明しすぎてもだめです。
一番の理想は保護者が話題を投げて、子どもに答えさせる、おいしいところは子どもに持っていかせることです。子どもは(大人も?)興味のないことについては考えず、聞いていません。それではせっかくの時間も無意味になってしまいます。

子どもの頭に埋もれている算数のアンテナを見つけてあげてください。

算数のアンテナができると自然と学習時間だけでなく、日々の生活の中で算数の時間が増えていきます。

2016年6月11日 (土曜日)

数脳・図脳・算数脳 その5

「10000時間の法則」というのを耳にしたことがありますか。

簡単に言うと、あるスキルをプロフェッショナル級に獲得するのに必要な時間であり、また、それだけ時間をかければ必ずプロフェッショナルになれるという法則です。

「継続は力」とはいいますが、10000時間は簡単ではありません。

毎日3時間、週に6日続けたとしても、1年間で1000時間弱です。このペースでずっと10年以上かけてやっと達成されます。

諸説あるでしょうが、目安として、100時間で初心者をぬけ、1000時間でアマチュア、10000時間で天才級となると言われています。

これを算数について考えてみます。

公立の小学校での算数の授業時数はおよそ1000コマ、これを1コマ45分として時間に直すと750時間ほど、仮に同じ時間家庭学習をしたものとすると1500時間になります。上記の論で言えば、小学校の教科書レベルについて軽くアマチュアをぬけます。もちろん天才級には、ほど遠いですが。

これとは別に中学受験向けの塾に小学4年生から通ったものとしましょう。
小4ならば塾での算数の授業は週100分ほどでしょうか。
1年間このペースで同じ時間家庭学習をし、1年を52週間とするとおよそ170時間になります。
小5では週200分として、340時間、小6では多く見積もって週400分とすると680時間です。
この合計は1190時間、小学校の学習は別物としてもやはり軽くアマチュアをぬけます。もっとも現実としてこれだけの時間をかけられるかどうかは疑問ですが。

……

続きはまた後日

2016年6月10日 (金曜日)

数脳・図脳・算数脳 その4

少なくとも90%以上の子どものもともとの能力には大差なく「正しい環境」を与えればその能力の伸びは無限大となる。
そう信じてやみません。
子どもの能力は(もちろん、人間の能力も)先天的なものよりも後天的なものの方が圧倒的に影響力があります。
子どもには、それこそ生まれたてに近いほど無限の可能性があるはずです。

では「正しい環境」とは何でしょう。
何が正しくて、何が間違いなのか、それは各家庭、各個人、価値観の違いがあるので、一概には言えません。
しかし、子どもの潜在的な能力を引き出そうとするのなら、まず価値観を明確にしなければなりません。
医者の子が医者になり、政治家の子が政治家になりやすいのはその家庭環境によるものが大きく関わります。
医者は医者の良き面を子どもに80%語り、20%悩む姿を見せる。そして、悩みの20%を子どもに託す。
政治家は政治家の使命を子どもに80%語り、20%悪い面を見せる。そして、その20%の改善を子どもに託す。
人が宗教にはまるのは価値観が明確であるからです。
ある一定の基準(ものさし)があるので、深く悩むより先に解決してしまっていることが多い。
このときはこう、こうなったらこうすればよい、人は悩むのが苦しいので、それを救済してくれるものがあれば、それに飛びつきます。

子どもにとって、その子が小さければ小さいほど、ものさしは親です。
何が正しく、何が間違っているのか、それを子どもに示すのは、まず親です。
わが子にはこうなって欲しい。
まず、親が明確に示しましょう。80%の幸せと、20%の不幸せを語りましょう。
そして、語りつつ、あとは子どもに任せましょう。
親が大事にしているもの、それを語り理解してくれれば子どもも大事にします。
三つ子の魂、百までです。
しかし、子どもが20%の不幸せの方に目がいき、親が大事にするものを否定することがあれば、それも大事です。まだ、子どもだと思い、お釈迦様になって子どもを手のひらの上で遊ばせてください。もし、それで手のひらから遠く飛び立つことがあっても、それはそれで、その子にとって大きな成長となり、大成功です。
私が幼少の頃、鼻高くなあれ鼻高くなあれ、母は私の鼻筋をさすりながらゆっくり優しく静かに繰り返していたのを覚えています。
私の鼻はたぶん高くも低くもありません。それで鼻が高くなったわけでもなく、見栄えが良くなったとも思えません。しかし、母がそれを覚えているかは定かではありませんが、母のその記憶は未だに覚えていて妙に心が安らぎます。学力とはまったく関係ありませんが、鼻は高い方が良いのだな、鼻筋は通っていた方が良いのだなと幼い私にすり込まれたのに違いありません。
ハナタカクナアレ
しかられたわけでも、ほめられたわけでも、特別何かがあったわけでもないのに、さらには鼻が高くなったわけでもないのに、すり込まれてしまったのは母の愛情の強さを感じたからでしょうか。
子どもを伸ばすヒントが隠れているような気がします。

2016年6月 9日 (木曜日)

数脳・図脳・算数脳 その3

中学受験の算数にそろばんは必須ではありません。
そろばんができれば暗算能力で非常に大きな力になります。
それが自信にもつながり、受験算数においても有効であることも間違いないでしょう。
実際、そろばんが得意で(レベルの差はありますが)算数が得意でない子はあまり見たことがありません。
しかし、逆は必ずしも真ならず、です。
超トップの子も含めて、算数のできる子がすべてそろばんができるかというと、答えは「否」です。
これまでの講師仲間の中にも何人かそろばんの達人がいて、暗算ができてうらやましく、ああ、小さい頃にまじめにやっておけば良かったと思うことはよくあります。
しかし、算数を解くスピードであまり違った記憶がありませんし(単純な計算は当然別です)、私の他にもそろばんはできないけれど(教え方の話ではなく)純粋に算数や数学が抜群に強い講師、解くのが速い講師はたくさんいます(講師はふつうに算数や数学に強くなければ話になりませんが、それ以上に、ということです)。
人間には絶対音感や語学能力などある年令の時にしか身につかない能力があると聞きます。

そろばんがそうであるかどうかは詳しくありませんが、そういう能力を獲得するときの絶対条件として、本人が楽しんでいること、興味を持っていることが必要です。

将棋や囲碁の天才の頭の中にはビジュアルな無数の盤があり、さらに無数の手を視覚的に読める能力があるようです。

同じようにそろばんの達人の頭の中には目からインプットされた数字の組が瞬時にそろばんの玉に変換されるのでしょう。それは確かにうらやましい能力です。
しかしその能力は自分が興味のない段階で、人から押し付けられて備わるものなのかどうかはわかりません。昔のいわゆるスポコン漫画のように、幼少時に野球などを無理やりやらされて、憎みながらもその世界の魅力にはまっていくこともあるのかも知れませんが。
そろばんに限らず、いかに算数が楽しいものであるか、それを感じられるものがたくさん出てくることが、算数脳を作る一番の薬です。そういうものをたくさん提示してあげて、自分から手に取ったものを応援してあげることがいちばん良い方法です。
また、そろばんができれば良いことばかりのようですが、よほどしっかり習得していない限り、実際は諸刃の剣となります。
これまでに見てきた経験から、実例をあげてみます。
途中の計算を暗算でしているため、どこで間違ったのか、本人もこちらもわからない。またはそれを見つけるのに苦労する。
ある一定のルールで出てくる計算を常に同じように間違える。
これはどこかで同じように玉のはじき方を間違えているものと推測されます。
中学受験算数のためにそろばんをひとつの武器にしたいのならば上記のようにならないように習得してほしいものです。
また、本人は鉛筆のスピードと暗算のスピードが合わずまどろっこしいかもしれませんが、少なくとも大事な式だけでも、できる限り途中の計算を紙の上に残しながら答案を作成する習慣をつけるべきです。

2016年6月 7日 (火曜日)

数脳・図脳・算数脳 その2

いわゆる算数ができる子とできない子の差は何でしょう。

また、その差はどこでついていくのでしょう。

遺伝や環境が大きく関わることは否定できません。

算数だけではなく、その子の成長に、幼少時の読み聞かせや音楽、楽器、旅行、その他いろいろな刺激が関わることは間違いありません。

難関中学に合格した生徒のご家庭に話を聞くと、読み聞かせ、楽器は共通ワードのように出てきます。

もっともそれをしたからといって、できる子になる保証はありません。

よく最後まで習い事を続けて合格した、野球やサッカーは最後までがんばり続けて合格したという話を聞きます。それが話題になるのは珍しいからであって、難関校に合格するための必要条件ではありません。ほとんどの子はほどよい時期に学習に全力を傾け、好きなことをいったん中断するか我慢して突破しています。

同じ道を歩いたとしても同じ風景とは限らないし、同じように感じているとは限りません。同じ道でも個々人全く違う道を歩いていることになります。

よき先輩を見習うことは大事でしょう。しかし同じようなことをしたからといって同じ結果になることはありません。

子どもひとりひとりにあった環境やスケジュールを用意してあげることが重要です。

2016年6月 5日 (日曜日)

数脳・図脳・算数脳 その1

目の前の問題を2、3秒熟読し、一瞬の間のあと一気に解き始めます。浮かんだ解法とその解答まで、一直線に突き進むようにペンが加速をつけて動きます。

よく解けるものだ、よく理解できるものだと感心します。

 

開成中に通う生徒なので仮にK君とします。

K君は今中学2年生になったばかりですが、目の前にある問題とは高校数学2年相当の参考書です。

 

中学受験が終わり、まだ1週間もたたないある日、K君のお母様からお電話がありました。

受験が終わってやることがないというので、姉の数学の問題集を与えたが飽き足らず、また当塾に通って数学を習いたいとのことでした。

もちろん快く引き受けました。

 

驚いたのはそこからです。

 

開成に受かるくらいですから、優秀な生徒であることは間違いありません。ただし、どの科目も開成レベルには達していましたが、特に算数が抜きんでてできるというタイプではなく、どの教科もまんべんなくできる、安定感のある生徒でした。仮に多少1科目失敗しても他でじゅうぶん取りもどせる力を持っていました。

 

そのK君にまたすぐ数学を教えることになったのですが、驚いたことに2月から中学生活がまだ始まらない春休みまでで中学内容の数学を終わらせてしまったのです。無理矢理進めれば誰でもできるかもしれません。しかし、K君の場合は教わりながらとはいえ、中学内容の数学を無理なくどんどん進めていったのです。これには中学受験の算数を教えていたとき以上に驚きました。

 

「都立高の数学なら明日受けても大丈夫じゃないかな」

 

中学入学まで1週間くらいのある日、そう冗談で言ったくらいにマスターしていました。その吸収力と理解力に、少し大げさかもしれませんが、子どもの無限の可能性を再認識しました。

いわゆる算数ができる子とできない子の差は何でしょう。


また、その差はどこでついていくのでしょう。


遺伝や環境が大きく関わることは否定しません。

否定しませんが、教える生徒が皆だれでも、授業や自分独自の教材を通して、K君のようになる方法があるならそれを見つけたい。

そういう思いはもちろん昔からありましたが、K君を見ていて思いが強くなりました。

 

 

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賛数仙人

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