リンク

« 数脳・図脳・算数脳 その17 | トップページ | 数脳・図脳・算数脳 その19 »

2016年7月10日 (日曜日)

数脳・図脳・算数脳 その18

算数や数学は特にセンスが良いとか悪いとかよく言われます。
 
物事に対してセンスが良いとは、それに対して鋭敏な神経を持つということです。そのものに対して、柔らかな発想や微妙な感覚を持てるとき、「センスが良い」といいます。私自身もそうですが、これまでの生き方や人生観で、受け入れづらいものに対してはなかなか柔らかな見方ができないものです。脳の思考回路が一方通行になってしまっているところがあります。
 
算数や数学のセンスは大人になるとそれは確かにあります。また、本当の天才レベル、最先端の数学研究などでは必要であるし、差が出るものでしょう。
 
しかし、断言しますが中学受験の算数において必要とされるセンスはそれほど特別なものではありません。じゅうぶん環境や学習によって得られる程度のものです。
 
私が算数や数学を教えるときに守っていることがいくつかあります。
そのうちのひとつは決してその子の現在の能力や学力を否定しないことです。
「こんな問題ができないのか」「おまえ、頭悪い」
そんなことを言うのは当然教師として素人です。
 
しかることは当然あります。
ふだんはわけがわからないことを言っている変なおじさんでも、その時はかなりおっかない大人かもしれません。
しかしそれは、道を外れているとき、やるべきことをやっていないときです。
姿勢が悪い、おふざけが過ぎる、周囲に迷惑、目前の問題に集中していない、そんなときは状況に応じてしかります。
 
「頭が悪いなら悪いなりにがんばれ」「天才じゃないんだから努力しなさい」
これも子どもには言いません。
自分で言っている分なら価値があるでしょう。「無知の知」です。
しかし、人から言われることではないし、特に子どもに言うべきことではありません。
 
子どもの能力は無限大です。天才の素質を秘めています。
 
大人に比べて、子どもはか細くもその能力の可能性を持っています。
大人になると言うことは、良くも悪くも自分で自分を相対評価できるようになることです。しかしそこで、真の天才でない限りは天才の道は閉じています。
子どもは強い否定を受けない限り、あらゆる方向に才能の芽を持っています。
 
私は目の前の子すべて算数の天才にしたい。
 
少なくとも算数のセンスが良い子にしたい。
 
否定することなく、正しい学習方法と教材を与えることができれば、必ずそうなるはずです。
 
もちろん、そうそう、うまくいくことではありません。まず本人がその気になり、努力を続けること、それが大前提です。きっかけが何であるにせよ、きっかけ自体が訪れないことには道は閉ざされています。周囲はそのきっかけを与えるように創意工夫するべきです。
 
毎年、レベルの差はありますが「目覚めた」と思う瞬間があり、それが喜びです。
この「目覚めた」の瞬間を何回か繰り返せば、それは「算数の天才」に近づいている証拠です。
 
「こんな問題まで何とかするようになったか」
 
これは至福のときです。
 
算数のセンスは環境で作られる後天的なものです。99%の努力と1%のきっかけによって生まれるものです。

« 数脳・図脳・算数脳 その17 | トップページ | 数脳・図脳・算数脳 その19 »

学習」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 数脳・図脳・算数脳 その18:

« 数脳・図脳・算数脳 その17 | トップページ | 数脳・図脳・算数脳 その19 »

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

賛数仙人

無料ブログはココログ

最近のトラックバック